エキスパートドクター

あきたの医療の担っている様々な分野のエキスパートドクターをご紹介します。
第一線で活躍されている先生方にお話を伺いました!

No.03H25.9掲載日

秋田大学大学院医学系研究科
血液・腎臓・膠原病内科学講座 教授

髙橋 直人
先生

遊びと仕事、運動と瞑想、
山登りとダイビング、世界と秋田、専門力と総合力、
両極端を極めるというバランス感覚が
自分の生活のコツです。

髙橋 直人 先生

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幼少期~高校生時代はどのように過ごされましたか?

小さい時から血を見るのが嫌いな(なぜ血液内科か?)、虫も殺せぬ優しい子供でした。
幼少時よりピアノ、チェロなどを奏で、高校生になってからも管楽器で音楽大学に行くつもりでした。しかし、周りにはもっと才能溢れるやつがゴロゴロいることを知り、その世界からドロップアウトしました。後にプロになっているやつらもいますから、レベルは高かったのだと思います。

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医学部を目指されたのは何故ですか?

高校時代の仲間はなぜか皆、地元の新潟大学医学部を目指して勉強していたので、「じゃあ自分も勉強してみよか」というノリで、高校時代から長期休みは東京の予備校で勉強しました。勉強という口実で東京ライフも楽しんでいました。高校時代の後半は高校生活よりも予備校の思い出のほうが多いです。
最近、我が家の次男が勉強もせず、部活や課外活動などで高校生活を満喫していますが、とてもうらやましく、応援しているところです。秋田大学に入学したのは予備校生活で出会った秋田美人に衝撃を受けたことも理由の一つです。

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大学時代はどのように過ごされましたか?

秋田大学生時代はバブルな時代背景の中、高校時代にできなかった硬式テニス、競技スキーなど活動的な生活と、医療系サークルやボランティアに参加したり、ときどき全学の吹奏楽などもやったりしました。今から考えると医学部の勉強は生活の25%程度だったと思います。
アルバイトも家庭教師を中心に、途切れなくやりました。勉強だけやってなくてよかったと思うのは、時間をうまく使うバランス感覚と社会的常識が養われたということかもしれません。臨床系の勉強を始めるとそろそろ「どんな医師になるべきか」を真面目に考えます。目の前に大学生活の中で出会った先輩方がたくさんいらっしゃいますので、一人のロールモデルというよりも複数のモデルからいいとこ取りをしました。

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どのように研修医時代を過ごされましたか?

もともと周りからは「外科系キャラ」と認識されておりましたため、医学部6年生の夏に第三内科に入局を宣言した時はかなりの場違い感を醸し出したようです。懐の深い第三内科でのびのびと育てていただきました。
第三内科は古きよき大内科的な雰囲気があり、なんでもみますよ、という総合内科の土台を作ってくれた環境があります。まだ初期研修制度のなかった研修医時代ですが、時代を先取りした第三内科の伝統のひとつは内科系ローテーションであります。
大学に1年(血液、腎臓など)、基幹病院に2年(循環、呼吸、消化器、神経など)合わせて3年ですべての内科を見なさいという方針でした。私はこれに放射線科と病理を加えて無敵の診断技術を養う努力をしました。結局よかったのは、人的ネットワークが作られたことです。
いま、自分の経験を踏まえ大学病院の初期研修医の方とローテーションを決める機会がありますが、研修医の先生方の希望を入れると2年間はほんとに短いですね。急がずに3年というのもありかと思います。
研修医時代はかけがえのない経験をたくさんすることができます。“無知”というのがいいですね。無敵です。自分の研修医時代を振り返ると、何にでも首を突っ込みたがり、フットワークの良さ(腰の軽さ)だけが取り柄でした。

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先生のライフワークを教えてください

医師になって初めて担当となった患者さんの「慢性骨髄性白血病」が自分のライフワークの一つともなっております。才能が乏しくても同じことを10年続けるとその道の一流になれるかもしれません。
もう一つのライフワークは総合内科医としてのお仕事です。総合診療部部長を拝命し、毎日楽しく初期研修医と一緒に勉強させていただいております。
内科は分野に細分化したため、総合的に人をみることを放棄してしまっている側面があります。たとえば顕微鏡で血液像だけをみて血液専門医になることと、血液像から全身を想像できる総合内科医になることは、本物のプロなら必ず両立できることだと思っています。
最近、ジェネラリストの多いはずの第三内科ですら「この患者さん“うち”でないよ」という若い先生を目にすることが多いのですが、「あなたのうちはなに?この方のおうちはどこ?」と逆にお聞きしております。総合診療部では研修医と一緒に毎日患者さんの“おうち探し”をしております。
毎週月曜日にやっている総合診療部のカンファランスは、研修医の頃からやりたかったカンファランスです。このカンファランスの理想は列席する多くの専門医がいろいろな方面から一つの症例をディスカッションし尽くすというもので、研修医時代愛読していたNew England Journal の Case record of the Massachusetts general hospital(MGH)をAkita university hospitalでやるようなものです。見学に行ったことのあるメイヨ―クリニックでも教育と臨床が一体となり若い先生方には勢いがありました。参加者をどんどん増やして、秋田大を日本のメイヨ―にしたいところです。同じ田舎ですしね。ボストンのMGHにも行ったことありますが、ボストンは都会ですから「秋田大をMGHに」 とはちょっと言えません。

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留学はされましたか?

2年と半年、カナダの田舎で留学しました。人より牛が多い場所です。留学してよかったことはたくさんあります。(家族付きでも)どんな状況でも生きていけそうな自信がついたこと、英語が達者になったこと、人は優しいということを知ったこと、トラブルは自分でほぼ避けられることを知ったこと、時間は自分で作れるということも知ったこと、難民・移民を含め豊かな人生を歩んでいるいろいろな人が世界にたくさんいることを知ったこと、などなど、経験してみなければわからないことばかりです。
自分の留学のタイミングは子どもの成長で決めました。折角一緒に連れて行くのに記憶の残らない歳ではかわいそうですから。なので、半分家族のための留学だったかもしれません。
最近、留学したがる若者が少ないそうです。冒険は40歳超えたら社会的にも難しいですので、若いうちにおすすめします。

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最後に一言お願いします

遊びと仕事、運動と瞑想、山登りとダイビング、世界と秋田、専門力と総合力、両極端を極めるというバランス感覚が自分の生活のコツです。

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履歴書

出生地:新潟県

出身高校:新潟県立長岡高等学校

出身大学:秋田大学医学部 平成2年(1990年)卒

1990年
秋田大学医学部附属病院第三内科研修医
1991年
中通総合病院研修医
1993年
由利組合総合病院内科
1994年
秋田大学大学院医学研究科大学院生
1996年
市立秋田総合病院第4内科
1997年
秋田大学医学部附属病院第三内科医員
2002年
秋田大学医学部血液腎臓膠原病内科助手
2003年
カナダサスカチュワン州サスカチュワン大学サスカチューンがんセンター
Postdoctoral Research Fellowship
2006年
秋田大学医学部血液腎臓膠原病内科講師
2012年
秋田大学附属病院総合診療部部長(兼任)

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