エキスパートドクター

あきたの医療の担っている様々な分野のエキスパートドクターをご紹介します。
第一線で活躍されている先生方にお話を伺いました!

No.14H26.2掲載日

能代厚生医療センター
血液・腎臓内科・リウマチ科 診療部長
臨床研修プログラム責任者

波多野 善明
先生

ともに悩み、考える。
それが臨床研修の醍醐味だと思います。

波多野 善明 先生

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幼少期はどのように過ごされましたか?

私の生まれ育った町は、人口10万人余りの新潟県新発田市という城下町(写真:新発田城)ですが、実家は町の周辺部にあるため辺り一面田んぼに囲まれています。今では考えられないことかもしれませんが、小学校の通学では近道をしたいがために、決められた「通学路」とは全く関係のない田んぼのあぜ道を通って直線的に歩き、踏切とは関係なく羽越本線と白新線(新潟市と新発田市を結ぶJR線)を横切って通学していました。
冬には1m位は雪が積もるため田んぼは一面広大なスキー場となり、近所の友達たちとスキーを履いて近くの山まで滑って行き、雪の上に付いたうさぎの足跡を追いかけたりして冬を楽しんでいました。そんな生い立ちのせいか、四季折々風情がある、この秋田の自然や風土が大好きです。

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現在の診療科を専門に選んだきっかけは?

学生時代から、難病の代表的存在だった白血病の診療に挑戦したいという思いがありました。また、循環器内科には心臓血管外科、消化器内科には消化器外科というように、主な内科系診療科には対応する外科分野がありますが、血液内科には「血液外科」という分野がないことにも面白さを感じていたと思います。しかし、自分が血液内科医としてやっていけるのかどうか不安も抱いていましたので、卒後2年間は医局に在籍せず色々な診療科を経験したうえで専門を決めようと考えたのです。そこで研修病院として選んだのが「天理よろづ相談所病院」でした。

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初期研修はどのようなものでしたか?

天理よろづ相談所病院は奈良県天理市にあり、当時のベッド数約1000床の大規模病院です。私が大学を卒業した頃は、現在のような全国的に行われる初期臨床研修制度はなく、卒後すぐに大学の医局に入局する場合がほとんどでしたが、天理よろづ相談所病院では27年前当時では珍しい、多くの診療科を経験する「総合診療方式」として初期研修を行っていました(天理よろづ相談所病院では、昭和51年から全国に先駆けて総合診療方式による研修制度をスタートさせています)。
当時、天理の初期研修医(天理では初期研修医をジュニアレジデントと呼んでいました)は総合診療部に所属して、同一時期に呼吸器内科の患者、消化器内科の患者、糖尿病の患者、外科の患者という風に、色々な患者さんを担当するシステムでした。
毎朝7時にモーニングカンファアレンスが行われるため病院に駆け込み、24時前に帰宅できることは殆どない生活が続いたのを覚えています。厳しい研修生活でしたが、この2年間で医師としての姿勢が身に付いたと思います。多くの分野でたくさんの経験ができ、血液内科学を専門とすると決心し母校の秋田大学第三内科へ入局しました。

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学位取得、留学について教えてください

秋田大学第三内科に入局して2年が経った1991年4月から、新たな経験がしたくなり国内留学として国立がんセンター研究所・発がん研究部で、プロテインフォスファターゼの研究を通じてmolecular biologyの勉強をさせて頂きました。多くの皆さんにお世話になり、夢中で実験しました。 国立がんセンター研究所は東京都中央卸売市場(築地市場)の隣にあり、現在の国立がんセンター中央病院と同じ敷地内にありますが、銀座まで歩いて5分程度という好立地にあります。荻窪に住み東京メトロ丸ノ内線で1時間かけて通っていましたが、当時の終電が銀座駅0時10分頃発車だったので、23時40分位まで実験し、銀座駅までダッシュして終電に駆け込んでいました。
銀座の終電ということで仕事明けの銀座のホステスさん達が大勢集まるのですが、電車代程度の安い料金で‘お姉さん達’の隣に座り、「これが銀座か」と思いながら通勤していました。癌センターでは世界各国から超有名人の講演を聞くことが出来ましたが、実験がたまに早く終わった土曜日などは、「銀ブラ」もして日本の真ん中で働き、生活していることを実感できました。

研究面では、プロテインフォスファターゼに関して、発癌機構への関与などいろいろな機能について研究していましたが、あるプロテインフォスファターゼが精子発育の一段階で特異的に発現していることを見出し、1993年5月The Vth International Congress of Andrologyにおいて発表し、“Certificate of Excellence”として表彰状を頂きました。この発表は論文としてもまとまり、当初の予定通り2年間という短い期間でしたが充実感を抱いて秋田大学第三内科へ戻り、「精子発育」と「血液内科学」とは全く関係ないにもかかわらず、当時の三浦 亮教授の御高配により学位を頂きました。自分のメインテーマとは関係がない(一見無駄のように思える)ことでも、有意義ことが起こる典型だと感じています。   

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現在はどのようなお仕事をされていますか?

現在私が力を入れている仕事は主に二つあり、一つ目は血液内科医としての仕事、二つ目は臨床研修に関する仕事ですが、自分の気持ちとしては臨床研修に関する活動が半分以上を占めています。

1)血液内科医として
私の出身の秋田大学第三内科は、血液分野で日本のメイン学会である日本血液学会総会や日本臨床血液学会総会を、この30年の間に3回も主催した、他の大学には例を見ない教室です。これまで多くの教授や血液内科医を輩出していますが、秋田市より北部の秋田県では日本血液学会認定指導医は、私一人しかいないのが現状です。
平成13年7月、卒後14年が経過して、大学で培った血液内科医としての経験が地域医療の現場でお役に立てるのではないかと考えて、現在勤務している山本組合総合病院に赴任しました。自分を生かせる場所ではないかと感じたからです。
現在当院は、秋田市以外で唯一の日本血液学会認定 血液専門医研修施設となっており、無菌室を3室増設し、血液内科常勤医がいない北秋田市民病院でも月2回ですが2年前から血液外来を開設しました。2012年10月からは秋田大学第三内科から科長を迎えることが出来、ハード・ソフト両面から診療体制は充実してきています。

2)臨床研修に関する仕事
インターン制度が廃止されて以降初めて、医師臨床研修制度の抜本的な改革が行われることとなり、平成16年4月から現行の臨床研修制度がスタートしました。当院でも平成17年度から臨床研修を開始して研修医を受け入れ、私は18年度から当院のプログラム責任者として活動しています。当院は秋田市以北の本州日本海沿岸で最も北に位置する臨床研修基幹病院であり、この広範な地域の研修医育成を担っています。
天理よろづ相談所病院での自分の臨床研修や、大学と山本組合総合病院で多くの若手医師と接してきた経験から、募集定員4人(26年度から増員)という少人数制を基本とし、当院研修の3つのポイントを、
1)楽しくやろうぜ! 楽しくなければうまくいかない
2)多くの経験:症例も、手技も、どんどん経験したい人にはぴったり
3)多くの指導医から診療科を超えた指導:診療科の枠を超えた横のつながりとアットホームな雰囲気を大切に! 
としており、それが実現してきた手ごたえも感じてきています。
医師、看護師など病院全体で研修医を育てて行こうという「空気」も出てきており、カンファレンスには多くの医師が集まり、研修医の指導に関するお願いも快く受け入れてくれます。
もともと当院の医療圏は非常に広範で、秋田県北部のほぼ全市町村の他に青森県深浦町までの日本海沿岸に及んでいるため、多くの多彩な患者さんが集まります。最新の病院機能評価Ver.6でも認定された臨床研修であり、手厚い指導と、ひとつひとつの経験を大事にすることで充実した研修を目指しています。
これまで秋田大学、弘前大学、岩手医科大学、山形大学、自治医科大学、帝京大学、神戸大学、九州大学など、全国各地の大学から研修医のみなさんが集まってくれました。

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リラックスポイントはなんですか?

いつ頃からか、無類の温泉好きになってしまいました。特に露天風呂が好きで、露天風呂の写真を見れば「○○温泉△△旅館」の風呂と大抵わかります。 何も考えずに温泉にぷかぷか浮いていると、最高にリラックスできます。夏休みの旅行は大抵温泉目当ての旅行になり一日に3回位(しかも別の温泉地の)温泉に入るため、家族からは「皮膚の脂がなくなる」と苦情が出ます。
私が温泉を選ぶポイントは「風情」で、北は北海道から南は九州まで、超有名温泉から秘湯までいろいろな温泉に入りましたが、秋田の乳頭温泉はやはり泉質といい、風情といい、最高です。全国色々な温泉地を巡るよりも乳頭温泉に浸かっている方がいいかもしれません。
お勧めの温泉は熊本県黒川温泉「山みずき」(広大な露天風呂に入りながら眺める星空は最高)、富山県「みくりが池温泉」(日本最高所にある温泉で、風呂上りに北アルプス・立山連峰の雄大な山々を眺めながら飲むビールは最高)、秋田県「乳頭温泉郷」(秘湯系から奇麗な温泉までそろい、四季折々に風情あり)、温泉のあるリゾートホテルでは新潟県「赤倉観光ホテル」、北海道「ザ・ウインザーホテル洞爺」、秘湯系では初心者にはキツイと思いますが秋田県小坂町「奥々八九郎温泉」と青森県「古遠部温泉」です。

もうひとつ、卒業したころから盆栽を始め、次第にはまってきています。黒松、五葉松、真柏、杜松、山もみじ、楓、磯山椒、けやき、野梅、長寿梅、山柿、老爺柿、梅もどき、きんず、かりん、吊花、青つづら藤、瑠璃瓢箪、寒ぐみ、つる梅もどき、ミズナラ、姫りんご、美男かずら、美女かずら、さんざし、小真弓、がまずみ、紅したんなどを持っています。
将来性を感じた素材を買い、育てて仕上げていくのが醍醐味です。うまくいっている樹とそうでない樹もあり世話が大変ですが、眺めていると何とも言えない「いいなぁ~」という気分になれます。

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秋田県の魅力はなんですか?

四季ごとにメリハリがあって、まさに日本の四季を感じながら生活でき、豊富な海の幸、山の幸を楽しみながら人間らしく暮らせます。
患者さんや家族から「ありがとう」の言葉を聞くことが出来る人情味が残っており、研修面では研修医により多くの経験をさせようと工夫している指導医が多くの分野で頑張っています。男性群にとって、秋田美人の存在も重要ではないでしょうか。

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学生、研修医、若手医師へ向けたメッセージをお願いします

大学病院勤務や当院のプログラム責任者として多くの研修医の皆さんに接してきましたが、医師として「自分の考えを持つ」ように常に心がけて欲しいと思っています。
初期研修の2年間でより多くの経験をし、自分の考えを組み立てることにより問題解決能力を身に着けてゆけば、その後も大きく飛躍できると思います。 そして、共に悩み、考えるのが私達の役割だと考えています。

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履歴書
1987年 3月
秋田大学医学部卒業
1987年 5月
天理よろづ相談所病院 医師(初期研修)
1989年 5月
秋田大学医学部第三内科 医員(入局)
1991年 4月
国立がんセンター研究所 発がん研究部
2000年 5月
秋田大学医学部 講師
2001年 7月
山本組合総合病院 血液・腎臓内科科長
山本組合総合病院 診療部長
 
現在に至る

<その他の活動>
日本内科学会教育関連病院 教育責任者
日本内科学会指導医
日本内科学会認定総合内科専門医
日本内科学会 内科専門医会東北支部運営委員会秋田県幹事
日本血液学会指導医
日本血液学会認定血液専門医
秋田県臨床研修対策協議会 委員
あきた医師総合支援センター運営協議会 委員
秋田県厚生連臨床研修対策協議会 委員

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