エキスパートドクター

あきたの医療の担っている様々な分野のエキスパートドクターをご紹介します。
第一線で活躍されている先生方にお話を伺いました!

No.18H26.4掲載日

秋田大学医学部附属病院
心療センター長・講師

増田 豊
先生

戦士の方々のお役にたちましょう

増田 豊 先生

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1.魔術師への変容経緯

医師を生業にするまで、御多聞に洩れず、私(以下M)は幼少時代には病弱であり、中学時代には“天才的”であり、高校時代には自らの生存理由を自問する者であった。
すなわちMは常に「生きのこり」を意識する薄幸の者だったのである。恥はしないが誇れるほどでもない経験を重ねつつ、Mは幸せにならんとして自らの生態的地位:Nicheを探した。探索の末に発見したkey wordは「適応と進化」。
これらの概念を明らかにし、かつ生業として成立するのは「医師」であるとMは理解したのである。

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2.Nicheの確定

医学生において得る知識は彼らの医療技術向上に益するそれを超えない。とはいえ、それはすべからく「生体のホメオスターシス保全、すなわち適応のメカニズム」を示唆するものである。 Mは、殊に社会環境における自らの「異和感」を鑑み、精神科をNicheとすることにした。

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3.ネットワークを張る

医師ならんとする者は「患者のすべての相における適応を保全」する役割を担わなければならない。精神科は医学の一部にすぎず、ここのみでは医師の役割を全うすることを可能にするに必要充分な論理を網羅できるわけではない。そこでMは当学部第一生化学教室、法医学教室、救急部、動物実験舎に出入りするようになった。ここで聞きかじった数々の情報は「M式認知行動学」の肥やしとなった。
ほどなく出向した杉山病院では当時の院長から認知行動的治療法を学び、心療センター長となってから出向するようになった北秋田市民病院ではリエゾン・コンサルテーション技術を磨かせていただいた。
「求めよ。さらば与えられん」
しこうしてMは上記機関のネットワークのハブとなり、一部を除いてこのネットワークは存続している。

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4.M式認知行動学

これは「認知行動の主体たる自己は機能nodeネットワークである」と前提して「人間の認知行動の各層における適応を説明する」ものである。これをもってMは「吾人の幸福」をも説明する。
ちなみにM式は、その用語の多くを論理学と精神分析学に負っているが、論理学自体でもいわゆる正統的精神分析学でもなく、まごうことなく医学である。とはいえ従来の医学概念からは逸脱しており、それゆえMは「魔術師」を自称する。

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5.総合診療部への指向

M式は患者を対象にする臨床各科の適応論理をネットワークしている。それゆえM式は「愁訴から疾患を分別同定する総合診療部」の核心技術となることをMは確信する。
ちなみに総合診療部のidentyは町医者のidentyであるがこれこそが魔術師の医師としての役割である。

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6.Mの至福

M式の前提たる自己の構造アートマンは、卑金属を黄金にかえる「賢者の石」のアナロジ-である。
自己アートマンは不老長生のelixilでもあり、自己アートマンを(再)発見したMには、高速アートマン変容が最大の“快”となった。
Mはもはや隠者であり、つきあいは極めて悪い。

付)M式についてのお問い合わせは、あきた医師総合支援センターまで
TEL.018-884-6430  FAX.018-884-6457
E-mail info@akitamd-support.com

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履歴書
出生地
秋田県秋田市(本籍:宮城県名取市)
出身高校
宮城県仙台市第一高等学校

卒業後の職歴

1975年
宮城県仙台市第一高等学校卒業
1978年
東北大学工学部中退
1986年
東北大学医学部卒業
秋田大学医学部 精神科入局
1988年
杉山病院にて研修
1990年
秋田大学医学部 精神科 助手
1992年
医学博士(論文)取得
1996年
秋田大学医学部附属病院 心療センター長(講師)
現在に至る

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