エキスパートドクター

あきたの医療の担っている様々な分野のエキスパートドクターをご紹介します。
第一線で活躍されている先生方にお話を伺いました!

No.19H26.5掲載日

秋田大学大学院医学系研究科
法医科学講座 教授

美作 宗太郎
先生

亡くなった人々から学んだことを
現在、未来を生きる人々に生かすため
日々努力しています

美作 宗太郎 先生

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大学時代はどのように過ごされましたか?

私は東京生まれ、東京育ちです。高校2年生の頃に「将来は医師になって救急医療に携わりたい」と考え、平成元年に日本大学医学部医学科に入学しました。入学当初に教養の選択実習で指導して頂いた物理学の先生が「1年生でも明確な希望があるなら、救急医療の現場で活躍する先生を紹介するので見学に行ってはどうか」と言われ、いきなり駿河台日大病院救急医療センター(現・救命救急センター)の見学が実現しました。医学部1年生で医学知識は何一つない状態でしたが、この時の経験は救急車で搬送されて来る患者さんの様子から、懸命に働く医師・看護師・救急隊員の姿、そして治療の甲斐なく亡くなる患者さん、悲しむご家族の叫びまで、今でも克明に覚えています。それ以降、スタッフの方々からの「また来いよ!」というお言葉に甘えて、夏休み・冬休みごとに救命救急センターに通うちょっと変わった学生生活を送りましたが、この経験は医学部6年間の勉学のモチベーションを維持するのに大いに役立ちました。現在、秋田大学医学部の学生さんに1年生のうちから法医解剖の見学を許可しているのは、自分自身の早期医療体験が大きく影響しています。

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法医学を選択された経緯を教えてください

医学部3年生になって病理学の講義を受けた時、臨床医学では病態の理解が重要で全ての基本は病理学ではないかと考え、内心「将来は病理医も良いかも」と思いはじめました。当時は未だ救急救命士法が整備されておらず、救命救急センターに搬入される心肺停止状態(CPA)の患者のうち完全に社会復帰できるのは1~2%と言われていた時代でした。心肺停止状態(CPA)の患者に対して一生懸命治療をしても、多くは命を救うことが出来ずに亡くなってしまう状況を目の当たりにして「この患者さん達がどのような原因で亡くなったのか、死因を調べることも重要なのではないか」と考えるようになったことも病理医へ心が傾いた理由でもありました。ただ、病理学は研究熱心で優秀な先生方が集まるイメージがあり、研究活動より解剖で死因・病因を究明する実務活動に興味を持っていた私は「ちょっと自分には病理医は無理かな」と思いました。その頃に将来の志望分野として急浮上してきたのが法医学でした。法医解剖の対象になる患者さんは死亡状況や病歴が不明なことも多く、前情報なしに自らの手で探り出した情報をもとに一から診断をつけなければならないところは、どこか救急医学に似ている点も魅力的でした。

5年、6年と学年が進み、周囲の同級生が志望の診療科を決めて行く中、同級生と一緒に臨床医学の道に進むか、一人で法医学の道へ進むかは究極の選択でした。いよいよ進路を決定する時、法医学の教授に相談に行くと「法医学に興味があるのなら、まず1年やってみなさい。1年やって興味が続いていればもう1年やるという具合にやって、途中で嫌になれば臨床へ行けば良い。でも、5年続けたら簡単に辞めてはいけない。なぜなら、後に続く人を育てなければならないからだ。」と言われ、少し気が楽になり法医学へ進む決心がつきました。もし、将来的に私のもとに「法医学を志したい」という学生や研修医が現れたら、同じアドバイスをするつもりでおります。もっとも、私の場合は学生時代からの憧れであった救急医療に一度は携わりたいという希望が強く、法医学の教授に懇願して最初は救命救急センターで研修医生活を送ることになりました。

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研修医時代のエピソードを教えてください

臨床研修は、学生時代からお世話になっていた駿河台日大病院の救命救急センターを選びました。従来から救命救急センターは2年目以降の研修医しか受け入れていませんでしたが、私達の学年からは研修医1年目から救命救急センターの研修を選択することが出来ました。当時の臨床研修は必修ではなく、2年間の努力規定でしたが、法医学の教授からは「臨床研修は1年で充分だから、その後は法医に戻って来い」と言われており、臨床ができるのは1年しかないという焦りもあって、他の研修医の2倍忙しいのは当たり前と肝に銘じて研修しました。結果的に、年間の病院当直日数(関連病院も含む)は1年の2/3(敢えて数字は出しません)で、傍から見れば「過労死寸前の研修医」「燃え尽きて法医へ」などと記事にされてしまいそうな激務でしたが、上司やスタッフに恵まれたこともあり、私自身は楽しく充実した研修医生活を送ることができたと思っています。この時に経験したり学んだりしたことは、その後の診療業務のみならず、法医実務において今日でも役立っています。

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法医学に進まれてから現在に至るまでの経緯を教えてください

法医学の第一歩は日大法医学教授の先生の紹介で札幌医科大学の助手に採用され、法医学の基礎を学びました。平成10年から東北大学に異動して法医解剖実務をこなしながら研究業績を積んで、平成13~15年には英国グラスゴー大学へ留学させて頂きました。平成15年に東北大学へ戻り博士(医学)を取得するとともに、平成16年に熊本大学へ異動し、平成19年から弘前大学の勤務を経て、平成21年から秋田大学に勤務しています。学内外の講演などで略歴を紹介される際に「先生は全国あちこちの大学に勤務されてきたんですね」と驚かれますが、法医学者の中でも異動が多かった方だと思います。私の場合は特に自分の希望で異動してきたわけではなく、研究の継続性や家族を伴っての引越などを考えると転勤は多くの犠牲を伴いましたが、それぞれシステムが違う地域・大学で様々な考え方の上司のご指導を受けられたことは自分にとってはメリットも多かったように思います。異動なしに腰を据えて研究・教育・実務活動に従事することは安定していて理想的ですが、狭い世界だからこそ複数のシステム・考え方を経験したことは現在の講座管理・運営の参考になっています。

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死因究明の現状と役割を教えてください

秋田県は全国的にみても法医解剖率が高い県です。年によっても異なりますが、秋田大学では年間200~250件の法医解剖が日夜行われています。もっとも、秋田県は事件や事故が多い危険な県ということではなく(ちなみに秋田県の犯罪発生率は全国最下位です)、県警や県医師会を中心に「死因究明を疎かにしない」という強い信念が存在するからだと思います。人は誰でもいつかは死を迎えます。「死因なんか調べても死者が生き返るわけではない」と思われるかもしれませんが、死因を究明することは非常に重要なことです。特に、解剖による死因究明は病歴情報や外表検査だけではわからなかった疾患や損傷が判明することがあり、事件や事故に巻き込まれた可能性や、医学・医療の発展に繋がる新知見が判明することもあります。亡くなった方のご家族にとっては、死亡診断書・死体検案書の発行、保険金の支払い等は死因なしには手続きが進められませんし、自分の家族がなぜ亡くなったのかを知ることが残されたご家族の“死の受容”に繋がることもあります。また、死因は行政によって集計されて死因統計として公表され、公衆衛生の向上に役立っています。例えば、死因として心疾患が増えているから循環器病治療薬・治療法の開発に力を入れるとか、交通事故が増えているから事故防止に予算を費やすといったことですが、亡くなった方一人一人の死因が正確でないと有効な対策を講じることができないばかりか、無駄な資金・労力を費やすことになりかねません。このように、正確な死因を究明することは現代から未来を生きる人々の健康・安全に結び付いていると言えます。

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近年導入された画像検査について教えてください


秋田大学法医科学講座では、平成22年から法医解剖エリア内にCTを導入して、法医解剖所見との比較検討をしています。法医解剖になる全症例をCT撮影し、大部分の症例は本学放射線医学講座の全面的な協力の下で放射線科医による読影・レポート作成が行われています。また、月1回の割合で放射線科医と法医学者がCT画像と法医解剖画像を比較検討する“法医CTカンファレンス”を開催しており、警察医、県警スタッフ、学生などにも門戸を開いています。死体のCT撮影をすることは多くのメリットがありますが、死体のCT所見は生体のCT所見との違いが大きいことも判明しており、新しい研究が始まっています。なお、平成23年からは同じく法医解剖エリア内に歯科パノラマX線撮影装置が導入され、身元不明死体の個人識別に大きな成果を上げています。

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法医学の魅力を教えてください

最近ではテレビドラマ等で法医学者の活躍を描くものがあり、法医学者が殺人事件を解決するようなカッコいいイメージがありますが、現実はそううまくいきません。一生懸命解剖して、長い時間をかけてあらゆる検査を尽くしても、どうしても死因を解明できないケースもあり、亡くなった方やご家族に申し訳ないという気持ちと共に法医解剖の限界を感じることもあります。他方で、法医解剖によって事件や事故の真相が証明できたり、法医実務によって得られた新知見を発信できると、法医学者として社会に貢献できたという嬉しい気持ちになります。法医学者は亡くなった人々の声を聞きだすだけでなく、亡くなった人々から学んだことを現在、未来を生きる人々に生かすため日々努力しています。地味な仕事ではありますが、多くの学生さんや研修医・若手医師の先生方が死因究明の重要性を理解して、法医学の医師が少しでも増えてくれることを祈るばかりです。

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履歴書
出生地
東京都
出身高校
東京都立豊多摩高等学校
出身大学
日本大学医学部医学科

卒業後の職歴

平成7年
駿河台日本大学病院救命救急センター・研修医
平成8年
札幌医科大学医学部法医学講座・助手
平成10年
東北大学医学部法医学講座・助手
平成13年
英国グラスゴー大学法医学・法科学講座・客員研究員
平成15年
東北大学大学院医学系研究科社会医学講座法医学分野・助手
平成16年
博士(医学)取得(東北大学)
平成16年
熊本大学大学院医学薬学研究部法医学分野・助手
平成18年
熊本大学大学院医学薬学研究部法医学分野・助教
平成19年
弘前大学大学院医学研究科法医学講座・助教
平成20年
弘前大学大学院医学研究科法医学講座・准教授
平成21年
秋田大学医学部社会環境医学講座法医科学分野・教授
平成21年
秋田大学大学院医学系研究科法医科学講座・教授
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