エキスパートドクター

あきたの医療の担っている様々な分野のエキスパートドクターをご紹介します。
第一線で活躍されている先生方にお話を伺いました!

No.23H26.7掲載日

市立秋田総合病院
外科 理事兼副院長

佐藤 勤
先生

若手医師にとって今は、
自分のやりたいことをやり、
自分にあったキャリアを求めていく
チャンスだと思います。



佐藤 勤 先生

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診療科を選んだきっかけはどのようなことだったでしょうか?

「進路は外科でなく内科を考えていました。外科に進んだきっかけは恩師との出会いでしたが、外科をやっていて後悔したことは一度もありませんね。」

私の専門は消化器外科、特に肝胆膵の外科です。いわゆる「切った、貼った」が好きで外科に進む人が多いかもしれませんが、私はちょっと違います。学生時代に興味をもっていたのはむしろ内科で、卒業したら循環器内科に進もうと思っていました。自分の性格を自分なりに分析して、内科のほうが向いていると考えていたのです。

ところが、大学6年の時に秋田大学の第一外科に赴任された恩師との出会いで進路が180度変わりました。その先生に勧誘の言葉をかけていただいたことはありません。ただ、何度か話すうちに、この先生のもとで勉強したいと思うようになりました。そうなると自分があれこれ考えてきたことは意味のないことのように思われ、後先のことはあまり考えずに外科に決めました。その後は自分のprofessionに何の疑問もなく今までやってきました。外科は厳しいですが、楽しいです。楽しいけれど厳しいという順番ではありません。厳しいけれど楽しい、です。

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自分の経歴を振り返って特に印象深いことはなんでしょうか?

「印象深いのはやはり外国での経験です。外国での経験があらゆる意味で私のバックボーンになっていると思います。」

医師になって3年目の1989年にアメリカのピッツバーグ大学という肝移植のメッカに行きました。外科医として何もできない時期でしたが、昼はブタの肝移植や腹部全内臓移植の実験の手伝いをし、その合間に臨床肝移植の第2、第3助手をするという生活をしました。私が行った年にピッツバーグでは600件を超える肝移植が行われました。想像するのが難しいような数字だと思いますが、土日も含め手術室に行くと常に移植が行われているような状況でした。半年間滞在し、私が参加した肝移植手術は60件ほどですが、全肝摘出、体外循環、血管吻合、胆道再建など、どれも滅多に見られない手技ばかりで、「勉強になった」という言葉では言い尽くせないほどの経験をさせてもらいました。そのほかに肝切除にも20件ほど入りましたし、脳死ドナーの臓器摘出にもジェット機で何度か連れて行ってもらいました。

私は器用、不器用ということで言えば、間違いなく不器用なほうに入ると思いますが、この時ほど自分の不器用さが身にしみたことはありませんでしたね。うまく場の展開ができないために怒鳴られることも多々ありましたし、叱られるために来たのかと自問したほどでした。何せピッツバーグで移植を執刀している外科医は、世界中から集まり、腕でのし上がった人たちばかりなのですから、糸結びすら満足にできない自分とは比べるべくもありません。ただ、この若い時期に学んだことを記録し、そして苦い記憶として自分の中に留め、ブタの移植や後に自分で執刀する肝切除に活かすよう努めました。ブタの肝移植というのは簡単ではなくて、手術後ブタを生かすことはなかなかできないものです。それが数年かかってブタを生かすことができるようになりました。自分には困難と思っていたことができるようになったことは、仕事をしていくうえで大きな自信になりました。アメリカで学び、ブタの実験で試行錯誤しながら会得した一つ一つの手技と移植成功までのプロセスは、今でも自分にとって貴重な財産です。

次の外国での勉強の機会は1995年のドイツ、ハノーファー医科大学での研究です。この施設も肝移植で有名な施設でしたので、上司には臨床をよく見てくるように言われたのですが、私自身、実験がすごく面白くなってきた時期であり、研究室にこもって移植免疫の研究ばかりしていました。外科から離れて、基礎研究の何たるかを知りたいと思ったのです。前後3年くらい免疫関連の論文を読みあさって、その多様性や難しさ、そして面白さを実感しました。朝から晩までリンパ球を分離・培養し、様々な手法を使って分析するのです。地味な仕事ですが、実験をしているとさまざまなアイディアが浮かんできます。それを次の実験で実際にやってみて大失敗したり、ごくたまにですがうまくいったりと、臨床とはまったく違った面白さが研究にはあります。

このような経験から、私は若い医師には研究の機会が得られるような進路にすすみ、できれば学位を目指すよう助言しています。研究の楽しさは臨床のそれとは次元の違うものです。第一にそのことを知ってほしく思います。また、学位のためには集中して英語論文を読まなくてはなりません。つきつめて勉強する機会は学位研究以外ではなかなかないですし、単に英語の勉強というだけでなく、科学的な思考過程を学ぶための貴重な機会になるのです。研究の経験は、技術や臨床経験が重視されがちな外科でも、というよりも外科だからこそ、役に立つと思います。

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今力を入れてやっていることやこれからの目標は何ですか?

「後進の指導なんておこがましいですね。日々、みんなで目標を一つにしてチームとして進歩することをめざすのみです。」

私たちの外科チームでは、毎日、すべての入院患者の経過を看護師、薬剤師を含めた全員で確認し、方針を決めていきます。マスコミで、名医と言ってもてはやされる医師がいますが、外科はチーム医療ですから名医は必要ないと思っています。それよりチーム力が大事です。いいチームに入って切磋琢磨することで、当然個人のレベルは上がっていきます。個人のレベルが上がるとチームもまた一段高いレベルに進むことができます。医師は、技術者であると同時に科学者でなくてはなりません。病気は同じでも、患者は一様ではありませんし、病態も決して同じではありません。この多様性に対応する能力がとても大切なわけですが、多くの患者の情報を見聞できるカンファレンスは経験値を高める絶好の機会でもあります。一見毎日同じと思われるプレゼンテーションを繰り返すことで論理的な思考やコミュニケーション能力が自然に磨かれていきます。

私は2007年に大学病院から市中病院に移りました。大学など研究機関に勤めている間は研究実績も当然大切ですが、市中病院で医師に期待されることは研究論文ではなく、安心して診療を任せられるかどうかの一点につきます。“何をやってきたか”は問題ではなく、“何ができるか”が問われるのです。私は自分に何ができ何ができないのかを考え直し、新しくチームを組むことにしました。幸い自分の専門である肝胆膵手術が続けられる環境を与えられ、同僚に助けられ実績を積み上げつつあります。一方で、自分が不得手な内視鏡手術については、若い医師が修練できるような環境整備を心掛けました。その結果、胃腸手術はもちろんですが、肝切除も腹腔鏡下で行えるようになりました。論語に「後生畏るべし」という言葉がありますが、これは後輩こそが畏敬に値するということを忘れてはいけないという訓戒だと私は理解しています。たとえば、若い医師は新しい手技や医療機器に対する適応能力に非常に長けており、IT化が急速に進んでいる外科では若手に無限の可能性を感じます。

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若い方へのメッセージがあったらお願いします。

「自分のやりたいことを追求してほしい、ということです。それと、これからの時代を生き抜くために、“自分のキャリアは自分で切り開いていく”くらいの気概が欲しいですね。」

私は医師になった頃、自分が将来肝臓や膵臓の手術をするとか、細かな血管縫合をするようになるなどとは想像もしていませんでした。皆さんは大学で勉強していると困難な手技を特別の才能や技量を持った(ように思える)医師たちが治療するのをよく目にすることでしょう。そして、自分にはそのようなことは到底できないと思ってしまうのではないでしょうか? しかしそう思うのは早計だし、多くの場合誤りです。やらないうちから諦めるなんて、ばからしいことだと思いませんか。自分の努力次第でどのような道も開けていくものです。

臨床研修制度が始まって、特に外科医は医局に入るのかいいかどうか、迷う人が増えてきたようです。しかしキャリアというのは本来自分で作っていくもののはずです。医師は、医局制度に頼ってきた結果、自らキャリアを作るということに慣れていません。若手医師にとって今は、自分のやりたいことをやり、自分にあったキャリアを求めていくチャンスだと思います。キャリア形成には多種多様な方法があると思います。新しい時代の医師のキャリア形成に、外科として、また病院としてお手伝いしたいと思っていますので、気軽に相談していただきたいと思っています。

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履歴書
1986年
秋田大学医学部卒業
1987年
市立秋田総合病院外科 研修
1987年4月
秋田大学大学院入学(移植肝臓のDNA損傷に関する研究)
1989年2-9月
米国、ピッツバーグ大学外科 研究員
1991年
秋田大学大学院修了(医学博士)、秋田大学第一外科 助手
1991年11月
−92年4月
本荘第一病院外科 勤務
1992年5月
秋田大学第一外科 助手
1995年3月
-12月
文部省在外研究員としてドイツ、ハノーファー大学に出向
2001年
秋田大学第一外科 講師
2003年
秋田大学第一外科 助教授(准教授)
2007年
秋田赤十字病院 勤務
2010年
市立秋田総合病院 勤務

専門は消化器外科、特に肝胆膵外科。主な研究分野は肝血流・酸素需給動態、肝再生・肝幹細胞、同種移植免疫など。

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