活動報告

開催日:2017年6月27-29日(火ー木)

カテゴリ:

ハワイ大学SimTikiシミュレーションセンター日本人研修医向けトレーニングコース”SimPLE” 研修報告①

秋田赤十字病院 初期臨床研修医2年目

柴田 健太郎

 

井の中の蛙大海に落つ

 

一、

某日、職場の研修医室に、見慣れぬ広告があるのに気がついた。それはどうやら、今夏に“SimPLE”というハワイで開かれるセミナーがあり、県の方で、その参加者を募っているもののようなのだ。私は「おや」と思った。たしかこれは、昨年度に一つ上の先輩であるH先生が参加していたものではなかったか。

どういったわけか、このことが無性に気になった私は、その晩H先生に連絡をとり、そのセミナーのあらましや、受けることでどんな良いことがあるのか等を尋ねたのだった。先生曰く、「のっぴきならない用事がない限りは行ったほうがいい。“井の中の研修医大海を知らず”からは少し抜け出せると思う」と。そして翌日、私は募集に手を挙げたのだった。

ところで私は、海外あるいは世間・業界の海外志向に対し、妙な、コンプレックスのようなものを抱いていた。しかしその一方で、近頃になって、この国がなにやら狭く思えて来、ここに留まり続けることの安心に、疑いの兆しも出てきた。実を云えば、私は今回のハワイ行きに、このジレンマを打破したいという思いを懸けたのである。鬱々と閉じこもった思考に、一つの刺激でもって風穴を開けたかったのだ。

 

二、

Simulation Patient Learning”を略して“SimPLE”である。このセミナーは、ホノルル市カカアコ地区にあるハワイ大学医学部内のSimTikiシミュレーションセンターで開かれた(“Tiki”は「Tiki,tiki,tiki room」の“Tiki”らしい)。この施設は全アメリカにおいても有数と云われる設備―つまり、最新式のシミュレーター―を有し、ハワイ大学の学生や研修医、コ・メディカル・スタッフの教育に用いられる他に、定期的に日本の医療従事者を対象にしたコースが催されており、今回のもその例である。

さて、ここでこのセミナーにおけるアメリカ語について触れる。シミュレーション実習自体は日本語で進められるのだが、その他の説明、講義、評価に関して云えば、一部を除いて、基本、現地語で行われる。私たちのためにいくらか平易な言葉を用いてくれるので、聞く分にはまあいいと思う(とは云え、やはりさっぱり聞き取れない場面も多々ある)。

しかし、こちらから話すのはそうカンタンにはできない。そもそも普段からそういう訓練をしていないのだから、当然である。私たちがいつも用いている業界用語は、アメリカ語ではどう云うのか、改めて考えてみえば、よく知らない。日常会話や旅行英会話では、ボディランゲージ等でいくらか伝えようがあるが、専門用語だとそうはいかない。講義中や評価の際に、しばしばこちらの発言を求められる場面があるが、そういう時は些か窮してしまう。自身の考えを換言しようにもできないもどかしさに。

・・・とは云うが、現地の日本人医師や、引率の先生方によって、適宜私たちの発言はアメリカ語に通訳してもらえた。せっかく英語圏にいるのに、現地語で交流しないのは、少し情けなく思える(何しに行ったのだという声も聞こえてくる)が、それでも何も言葉を発せずに黙りこくっているよりは五千倍いいはずである。セミナーはたった二日間、その間で劇的に英語が話せるようにはならない(多少慣れはする)のだから、この時のもどかしさや口惜しさを忘れずにいればいいだろうと感じている。

一日目は講義を中心とする日程が組まれていた。センターの責任者であるDr.Bergから、まずはシミュレーターによる医学教育についての話があった。あちらでは、我が国よりもはるかに、教育におけるシミュレーションが占める役割は広く、各手技から救急対応に至るまで、実に幅広い訓練を受けることができる―というより、受けなければならない―ようである。驚いたのはシミュレーターの種類の豊富さで、外傷患者を模したものや、ちょっとした腹腔鏡手術を疑似体験し練習できるものまであるらしい。そして、目からウロコだったのは、シミュレーション・トレーニングを、他の医療従事者と行うこともあるという点である。考えてみればそれもそうなのだが、これが本来の“チーム医療”の在り方なのかもしれない。

そうしてシミュレーターの簡単な説明があった後、間髪入れずに現地の日本人医師Dr.Nogi(関西出身)から、米国の研修システムについてのプレゼンテーションがあった。出発前から興味があったイベントである。

あちらでは、臨床研修の標準化が進められているようで、第三者的な評価機構の存在が大きい

。それは後期研修に至っても同様なようで、客観的にも最低限の能力を有する医師の育成を確実に行えるような仕組みができている。

驚いたのは、入院管理のローテーションや、継続外来のローテーションがあることである。両者ともに、専門科に限らずに共通する作法がある。これをみっちりと教育することも、先述の能力の標準化を作り上げる一つである。指導医もひとりがずっと担当することが多いらしく、これも含め「それくらい考えれば分かるだろ」「こんなのも分からないのか」といった、無責任をなくす一助になるだろう。

 

三、

カフェテリアでの昼食後、ついにシミュレーター実習が始まった。この日は、「Night on call」という場面設定のトレーニングが企画されていた。ポイントは迅速にABC(救急のABCのこと)を評価し、患者さんの状態が安定しているか不安定かを判断し、適切にSafety netを張ることである。Safety netは、モニター装着、静脈路確保、酸素投与、手助けを呼ぶことの四つが含まれ、患者さんの直接的な治療や、急変に備えての予防線にもなるものである。

チームに分かれ、役割を交代しながら、用意された様々なシナリオに取り掛かっていく。ACLSコースなどで慣れがあったとは思っていたが、シミュレーションでは何と云うか妙な“照れ”が生じて、最初からはうまく乗り切れない。それと知識面の不確実さもあって、あまり思うような対応ができなかった。非常に悔いの残るところであった。

しかし、今回のセミナーの良点は、シミュレーションそのものではなく、その後の振り返り、デブリーフィングにあると感じた(これは全体的に)。あちらは基本的にポジティブ・フィードバックのお国柄である。少しでもできたことはきちんと評価し、それでいて課題点を指摘してくれる。その際も、「この時、どう考えた?」などと、行動のみならず、考え方の振り返りも行わせ、見えてきた課題から、次はどうすればいいのか、何をすればいいのか、等は見えやすくなる。できないことを頭ごなしに非難する輩はいない。

そのシミュレーション実習の合間に、腹腔鏡の練習キットで、ちょっとしたレクリエーションをした。腹腔鏡を操作するのは久しぶりだったが、こちらは身体が憶えていたのか、割と問題なくできた。

 

二日目である。この日、講義はなく(簡単な説明はあるけれど)、一日中シミュレーション訓練をする予定が組まれていた。

午前中は「Pediatric Emergency」と題し、その名の通り、小児分野での救急対応についての訓練である。このパートの指導にあたるのは、Kapiolani Medical Centerの小児科医Dr.Lee(美人!)とDr.Tanaka(顎ひげが長い)の二人だ。小児の救急対応も成人と原則は大きく変わらず、まずは患児が安定しているかしていないか、sickかnot sickかを判断することから始まる。ここではAppearance、Breathing、ColorのABCを観察するのである。

シミュレーション実習としては、他県から参加していた一年目(実際には三か月目!)の研修医の皆さんが初期対応をして、私たち二年目は後で手助けにいく、というような形をとり、ある程度まで進んだところで、デブリーフィングの段に移っていく。デブリーフィングは主に鑑別疾患を挙げていき、その中で病歴や身体所見から診断に迫るという流れであった。そのなかで、小児科医の診療のノウハウを適宜教わることができる。

午後の課題は「Crisis Team Training」で、おそらく今回のセミナーの集大成となるものであろう。私たち医療者は時に様々なチームで、診療にあたることがある。しかし、ボートレースの選手や、航空編隊や、ピット・クルーなどのチームと同じように、チームとしての連携は日頃から練習しているだろうか?改めて指摘されると、チームと呼ばれるには少しおかしいことになっているのである。理想とされるチームには役割分担があり、その立ち位置まで決められている。

今回のトレーニングは、そのチームの理想形を作って状況にあたる練習である。

チーム内での役割に責任をもちつつ、多少の自律性ももちながら取り組む。電話口でのやりとり一つでも、状況の完成に大きな役割を果たす。今までのシミュレーションとは全く違い、全員のすべての行動が状況構成に何らかの影響を与えるので、えも云われぬ奥深さがある。このパートのみは、やっているところがビデオ撮影され、デブリーフィングに用いられる。自らを俯瞰して振り返ることで、考え方だけでなく、所作やその場での位置取りについても反省することができる。この方法はかなり有効に感じた。

いくつかのシミュレーションを経て最後のシナリオ、これはエンターテイメントの国らしく(?)、「じゃあ次やりますか」と云った時点で、患者の家族役が駆け寄ってスタート。これまでのように、前もって役割分担を決めることもできずに始まってしまったわけである。しかし、これまでの試行と反省によってか、迅速に役割に分かれ、ポジショニングも適切に組み立てることができた。この時、私はリーダー役であったが、デブリーフィングではDr.Bergに、よくわからないがかなり褒められた。しかし、実際の状況では、他のチームメンバーが適切に行動して、時にヒントになるような言葉をつぶやいていたからできたことなので、この手柄は私ではなく、チームのものである。

 

四、

セミナーの日程が終了し、どこか落ち着いた気分の日。この日の、午後のフライトでハワイを発つ。

我が秋田県組だけ、ハワイにおける最後のイベントで、午前中はShriners hospitals for childrenの見学に出かけた。Kapiolani Medical Centerと向かいの通りにある小児科病院である。小児科病院らしく、内装は「海」をテーマに、天井から床、壁面に至るまで、色々の飾りつけがされている。小児外科部門もあり、整形部門もあり、リハビリ部門もあり、と総合的な小児診療を行っている。

さて、今回の旅で得たものは、知識やスキル云々の、即時的な教訓ではなく、普段の居場所から抜け出して異なる世界に踏み込んだという経験と、いままで当たり前のように考えていたもの・ことを、違った角度から眺める視線である。これらは、今後も大きな影響を与えてくれるはずである。

で、次いつハワイ行く?

 

  

 

 

 

 

 

 

 

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