秋田大学医学部附属病院 麻酔科
鵜沼 篤

私は麻酔科医として働いています。手術麻酔では、患者さんを手術侵襲から守るために鎮静・鎮痛・不動化(筋弛緩)を図ります。その際、薬剤により呼吸が止まり、循環抑制も生じ、意識もなくなります。適切に気道を確保し、呼吸や循環動態などを維持しなければ、患者さんを危険な状態にしてしまいます。また基礎疾患によっては麻酔計画を大きく変えることもあります。さらにアナフィラキシーや悪性高熱、肺塞栓など術中急変への対応も求められ、非常に緊張感を持って現場に臨んでいます。一方、秋田県は麻酔科標榜医数が全都道府県中最下位(人口10万人あたりでも45位:2018年度)と逼迫した状況のため、訓練つまりシミュレーションに割ける時間や人員がほぼない状況です。時間のある限り情報を集めながら、先輩医師とのディスカッションを通じてリスクを避け、急変に対処することに努めています。しかし、個々人の裁量に委ねられる部分少なくなく、マニュアルやシミュレーションを通じてもう少し普遍性をもたせることはできないかと考えていました。また、縁あってJMELSという母体救命のBasicコースのインストラクターとしての活動を始めさせていただいていたこともあり、限られた時間の中でいかに学習効率を上げるかについても強く関心を持っていました。

そもそも医療は、命を預かる職業でありながら、航空業界などに比べなぜシミュレーションが少ないのか疑問に感じていました。パイロットや宇宙飛行士は、訓練が立派な仕事としてみなされており、その訓練をサポートする多様な職種もあり、非常に高度なチームとして組織されている。そんなことを講演会で拝聴したことがあります。このような理由で本セミナーに参加させていただきました。

オリエンテーションで、以前の医療は先輩の背中を見て学び、実践で技術を叩き込まれるという職人気質が強くあった。しかし、医療安全の面では、それではリスクを伴う。現場に出る前に徹底的にシミュレーションで練習する過程が大事だと強調されていました。とはいえみな頭ではわかっている。しかし、やり方を知らない。いかに効率的なシミュレーション教育を実践するにはどうすればよいでしょうかと力強い問題提起がありました。

シミュレーションといえば、高機能マネキンを用いた急変対応を想像します。実際、BLS, ACLS, PALS, JATECなど多くのシミュレーショントレーニングが開催されており、私も参加してきました。事前に教科書を予習し、当日は身体を動かしながら知識を技術に変え、フィードバックをもらい繰り返す。そして現場に戻り、実践に活かす。各コースでは目標がはじめからしっかり定められており学習しやすく、達成感が得られやすかったです。ただし、本セミナーを学習すると、急変対応というのはあくまでシミュレーション教育の一部分でしかありませんでした。また、受講時には気づきませんでしたが、非常に多くの事柄が吟味されていたのだといま振り返ると考えさせられます。

本セミナーで、「頻脈がわかる」ことを教えるためのシミュレーションを作成するという課題がありました。到達目標が鮮明なため、はじめは簡単な課題かと思いましたが、ディスカッションを進める上で、多くの重要なポイントがあり、深く考えるきっかけとなりました。

対象者をどの到達段階の学習者に設定するか、対象人数、場面設定、マネキンの使用の有無など事前に決める事項は多岐に渡りました。グループでのディスカッションでしたが、私達のグループでは、臨床実習に出る前の看護学生を対象としたため、最初に脈拍を触れる箇所を確認し、正しく触知できるかという過程が新たに加わりました。ステップを設けることでも学習効率を高められるのだと気付かされました。さらに他のグループの発表では、対象者や場面設定なども異なっており、はっきりとした到達目標に対しても様々な道筋があることは新鮮でした。

これまでのFunSimJは会場に集まり、シミュレーション作成した後に実際に運用してみてブラッシュアップしながら考えるということもされていたようです。しかし、今回はコロナ下でZoomでの開催のため、省かれてしまいました。その代わりにこの特殊な状況と向き合い、いかにシミュレーションを行っていくかについてが議題として挙がりました。東京医科大学の阿部幸恵先生のご講演では、デジタルデバイスやアプリケーションを存分に活かされながら新しい教育体制を構築されているお話を拝聴し、非常に刺激を受けました。また、受講生それぞれにコロナ下でのシミュレーション教育についてを提出する事前課題もありましたが、みなさん限られた資源や時間、環境の中で非常に苦労されながら模索されているのを知り、知恵を学ばせていただくと共に大いに励まされました。

そもそも本セミナーも対面重視のコースであった中で、Zoomでの開催へ踏切り成功された過程では、多くの方のご尽力があったのだと感謝しています。スタッフの方々の行動力、そして情熱を強く感じました。

あきた総合支援センターとハワイ大学の方々には、SimPLEでもお世話になりました。今回も貴重な学習機会をご提供くださり誠に感謝申し上げます。FunSimJのアドバンスコースとしてiSIM-Jというコースもあるようなので、是非そちらも今後参加させていただきたいと考えております。とても有意義なセミナーでした。誠にありがとうございました。

■ 研修報告はこちら ■

FunSimJ① https://akitamd-support.com/report/20201017-2/

FunSimJ② https://akitamd-support.com/report/20201017-3/

FunSimJ③ https://akitamd-support.com/report/20201017-4/