開催日時:令和5年2月25日~26日
開催場所:東京慈恵会医科大学病院シミュレーションセンター

秋田大学医学部附属病院
麻酔科 鵜沼 篤

医学生にとって麻酔科はどこかマイナーな診療科なのかもしれません。周術期という医療の大きなカテゴリーの一部でありながら、医師国家試験では2,3問(全400問)の出題数です。しかし、手術麻酔を軸に、急変対応や疼痛管理、医療安全、感染制御、予防医療、多職種連携などにもつながり、医師の基盤を問う必修問題をはじめ多くの問題との親和性があります。実際、座学ではイメージが湧きづらかったが、臨床を通じて幅の広さや魅力に気づきましたと、多くの学生が感想を残して実習を終えていきます。周術期との関わりは、普段の生活からは離れた視点から医療を考え直す良い契機になると考えています。医師としてのコンピテンシー形成に大きな役割を果たせるだろうと期待しています。ただ、実習期間は2週間と限られています。はて具体的にどうすればいいかと考え直すと、ゴニョゴニョしたくなる今日この頃です。医学教育モデル・コア・カリキュラムを紐解いても臨床実習については総論的な内容に留まっており、診療科ごとの各論はこれからというのが現状のようです。一方、日本麻酔科学会の教育ガイドラインは専門医育成の指標であり、約150頁にわたって細かに到達目標が示されています。これをそのまま学生に当てはめるわけにはいきません。困ってしまいます。

とはいえ何かしてみたいと、今年度から麻酔科の臨床実習生に、麻酔導入から抜管までの流れを学ぶシミュレーショントレーニングを提供する機会をいただきました。比較的自由に時間をもらって、麻酔の三要素(鎮痛・鎮静・不動化)と麻酔薬、バイタルサインとの関連について、対話形式で知識をホワイトボードに整理した後、高機能シミュレーターを用いて先述の麻酔の流れを実践してもらうという内容です。学生からのフィードバックを参考に試行錯誤を重ねて、アンケートではそれなりの満足度も得られるようになりました。しかし、果たして ”シミュレーション教育” と言っていいものなのか、モヤモヤしたものを感じていました。なぜなら、まあ自分はよく喋るし、シナリオは止めるし、医学生のレスポンスを見ながら基礎を重点的に整理したり、発展的な話しまで混ぜ込んだりと、どこか場当たり的でした。iSIM-Jを受講してはっきりしました。これは ”シミュレーターを用いた講義” であって、シミュレーション教育ではありませんでした。

iSIM-Jでは、何でシミュレーション? という問いから始まり、シミュレーションはたくさんある教育法のただひとつに過ぎないと、はっきり他の教育法と区別されました。さらにはシミュレーション教育といっても、高機能シミュレーターのみならず、タスクトレーナーや模擬患者さんなど様々な手段を選択できることや、それぞれの利点・欠点などについても学びました。もちろん講義・ディスカッションだけではありません。本セミナーの最大の特徴は、グループごとにシナリオを作成して、別グループに取り組んでもらい、受講生・講師の先生方皆さんとディスカッションでシミュレーション教育への理解を深めていきます。例として、私は模擬患者さんを相手に、新人看護師として別グループのシミュレーションを体験しました。事前知識や到達目標について明確なブリーフィングを受けていながら、今回の目的ではなかった寄り添いの看護などを過剰に意識してしまったりと、あれこれ主旨と外れることにも思いを廻らせながらシミュレーションに臨んでいたことに気づきました。環境設定として、高い忠実性(Fidelity)・現実性(Reality)に目が行きがちですが、むしろ混沌とした現実からどれだけ目的に集中できるよう引き算をしていくかが、鍵を握っているのだと実感しました。他の例として、気管挿管時のチームダイナミクスに焦点を絞るのであれば、別に麻酔薬の種類や量は必ずしも重要ではなく、魔法の薬が1つあれば事足りるというのも大いに納得しました。

さて、改めて自分がやりかったのは何なのか? 手術麻酔では、麻酔薬により三要素を確立しつつ、生じうる負の要素に対して、ひとつひとつ手技などの適切な介入を積み重ねて、安全な環境を構築していきます。その間、刻一刻と変化するバイタルサインを絶えず五感で感じながら気を配り全身のバランスを保ち続けます。これらは全て密接に関連しており、並行して行わなければなりません。このことを座学や見学ではなかなか伝えるのは難しく、理解したとしてもすぐには実践できないものです。実践的な手術麻酔への理解から全身管理の包括的な理解へ繋げて欲しい。そんな思いが根底にありました。

ここで安易にシミュレーションに飛び付かず、一度立ち止まって深く考えられるようになったのが、iSIM-Jを受講してよかったことです。全身管理には、酸素を主役にしたABCDの流れの理解、そのサイクルの破綻が急変につながり、サイクルを修復するために適切な介入が必要になります。これらの理解の過程には、最初からシミュレーションである必要はなさそうです。ステップごとに適した教育スタイルを選択するべきだろうと考えました。その点、事前資料やプレテスト、チェックリストなどが整備できていない現状を加味すると、学生のニーズやレベルに即した ”シミュレーターを用いた講義” はひとつの方法であっただろうと考えるに至りました。

ただ、もうひとつ引っかかるものがありました。 ”シミュレーターを用いた講義” では、学生のいまの視点や考え方を尊重して彼らの学びをさらに深めたいし、彼ら自身のよさにも気づいて引き出したいという思いがありました。そのためには、対話をしながら状況に応じて進めていく方が都合が良いように感じているところもありました。一方、医学教育としては、アウトカム基盤型教育というように到達目標を明確に設定して、誰が担当してもバラツキがない教育を達成することが強く求められています。iSIM-Jを受講してこれについても少し考えが整理されたように思います。成績表に記載する総括的評価(summative assessment)と、改善を促す学習プロセスとしての形成的評価(formative assessment)は、全く異なるものであることを理解しました。

つまり、私がやっていたことは形成的評価までのことだったようです。成績を付けるためには、さらに総括的評価に結びつける教育形式をとらなければなりません。iSIM-Jでは、シミュレーション教育で総括的評価を行えるような手法を学びますし、さらにシミュレーション教育をカリキュラムの一部として統合すべきとも教わります。なるほど、教育形式の階層化はこういうことだったのか。かのMillerの三角ピラミッドへの理解も一段と深まったように思います。もっともMillerの三角ピラミッドのようにKnowsからDoesへステップを上がるためには、経験学修理論(Kolb)や省察的実践(Schon)などに代表する内省を経た実践の繰り返しが不可欠であって、エビデンスを基盤にしながらも文脈に応じた独自の知の形成が求められていますので、ただ順を追えば良いというものでもないのが興味深いところです。なお、形成的評価と総括的評価を包括して検討するProgrammatic assessment(van der Vleuten)という評価法もあるようですので、これから学んでみたいです。

シミュレーション教育はカリキュラムの一部に過ぎないという前提から医学教育を考え直すことで、受講前よりも見晴らしが良くなりました。なんだかシンプルに考えればいろんなことができそうです。そのためなのでしょうか、iSIM-Jでは根拠となる豊富な文献も一緒にいただけます。なんと配布資料の半分は文献なのです。これまでも医学教育の文献を調べはするものの、どこか抽象的で何をどう積み上げていけば良いかわからず迷子状態になっていました。探究の糸口を与えていただき、俄然モチベーションが高まりました。

SimPLE(2017年)、FunSim-J Online(2020年)そしてiSIM-J(2023年)と奇しくも3年ごとにシミュレーション教育を学ぶ機会をいただきました。SimPLEは初期研修時ですので、学修者の視点で自らの成長と医学教育を常に照らし合わせながら考えることができました。非常に恵まれた環境で過ごさせていただきました。気づけば教育に関するアイデアを発信したり、教育コースのスタッフとして携わらせていただけるようになりました。まだまだ学ぶべきことが膨大に広がっており、途方に暮れているところではありますが、医学教育の進歩に少しでも貢献できるよう還元して行ければと思っています。最後になりますが、iSIM-Jの講師の先生並びにスタッフの皆様、セミナー講師としてもご指導いただきました守時先生をはじめ、あきた医師総合支援センターの皆様、ご支援いただきました皆様に深く感謝申し上げます。