令和6年度 シミュレーション教育推進事業 シミュレーション基盤型教育セミナー「iSIM-J」 研修報告③(富樫嘉津惠)

活動報告
終了
2024.07.27

iSIM-J 研修報告

 富樫 嘉津恵

勤務先より推薦いただき、慌ただしい日常の中も上司と同僚に快く出張許可をいただき、iSIM-Jに参加することができた。事前課題のeLearningをなんとか終了し、飛行機トラブルで多難な行路中に課題のシミュレーションシナリオ案を考えながら東京へ向かった。沖縄でのFunSIM-J参加から1年が経ち、2日間のシミュレーション研修後に感じた体感、「他では経験しがたい満足感と疲労感」を忘れかけていた。今回の参加者は5人ずつ4グループに分けられ、チームメンバーは急変対応シミュレーションのノウハウがある臨床工学技士、助産師から転職した大学教員、精神保健を専門とする看護大学教員、大学麻酔科医、病院産婦人科医と背景が多様だった。他のメンバーは本年度春のFunSIM-Jで顔見知りとのこと、和気藹々とした雰囲気に組み込んでいただき、コミュニケーションには困難のないチームであった。サウナのような外気温の中、さっそく講義とグループワークが開始された。

初日は個人の学習者を対象にした、マネキンではなくSP(模擬患者ないしは標準化患者)を用いた学習シナリオを作成するワークショップだった。グループの自己紹介からスムーズに最近の業務に関連したトレーニング内容の話が共有され、メンバーの共通背景から急変シナリオ、産後救急が提案され、病棟看護師のトレーニングシナリオとして術後歩行介助、トイレ歩行後での急変場面がシナリオに採用された。想定は肺塞栓症か術後出血とした。限られた初期対応に焦点を当てて、学習環境(病室トイレを模した狭いスペース、下肢挙上できる病室ベッド、点滴スタンドと点滴、病衣)を揃えて患者役を演じた。接遇や診察の実際について、学習者へ患者の視点からのフィードバックができることを理解できた。演技次第でSPはマネキンがない状況でもフェディリティ(忠実性)の高い、臨場感を提供できる可能性がある。

指導側―学習側を交代して経験するペアチームが作成したシナリオは、病棟看護師が夜勤中に呼吸苦を訴えた患者への初期対応を学ぶシナリオだった。マネキン(SimMan)とモニター画面を使うことで呼吸異常が再現され、初期対応(気道吸引と酸素投与開始)への反応、酸素化の数値改善されるフィードバックは臨場感があった。学習者としてはやや混乱があり、呼吸音の左右差は判別されたが、シナリオ作成者が意図していたマネキンの設定、胸郭の挙上差には気づかなかった。オリエンテーションでマネキンの正常状態が提示されると異常状態の検知につながりやすい。そして、ゴールに辿り着くまでの情報はシンプルに削ぎ落とす方が学習者の理解につながる。血圧を測る必要がない状況ではわざわざ血圧計を手渡さない方がよい。学習目標が達成されたかどうかフィードバックを明確にされると学習者の心理的安全性や理解が深まる。間違いを正されることは安心感につながる、とも感じた。両シナリオを通してSPとマネキンの使用効果の違いを実感した。マネキンを使うことは診察手技の確認やCPRの実践に有効だが、高価で日常的に使用できない。SPはいつでもどこでも利用できる可能性を秘めるが、均一な学習環境の用意は難しく、忠実性の再現度にはやや課題が残る。

2日目にはチームの学習者を対象に、チームワークが学習目標になるシナリオを作成した。最初に、基盤となる具体的な学習目標を設定し、SMART(Specific, Measurable, Appropriate, Realistic Timebound)が明確なシナリオを作成する。我々は災害時などに急造されるチームでは、他部署のよく知らない人と迅速に協働することが求められるもののチームワークに問題を抱える場合がある、という経験から災害発生時に救急外来応援にかき集められた医療スタッフのチームメイキングを目標に取り上げた。しかし、夢中になりすぎるシナリオを取り上げたことが不幸の始まりだった。目標の吟味はシナリオの基盤であり重要だ、しかし退屈だ。とおっしゃる講師もおられたとおり、チームは十分に具体的な目標を抽出する前にシナリオ作成の魔力にひきずり込まれていった。シナリオは作り始めると微細に派生しやすく、盛り込み過ぎやすくなる傾向がある。チームシナリオは不確定要素が多重になり複雑化しやすい、と講義を受けたばかりであるのにも関わらず、忠実性に注目すると話が盛り上がり、トリアージタグを使おう、マネキンもS Pも準備しよう、と議論は盛り上がった。チェックリストに設定する評価項目には、実臨床のアウトカムとしては重要な目標だが、何人の患者をトリアージできたか、を記載しよう。など魅惑的な意見も出された。講師のアドバイスにより途中、学習目標の評価と齟齬があることを自覚したが、走り出したシナリオは修正の時間を残してくれず、αテストを施行することに精一杯で、発表の時間に至った。目標からずれてしまった。繰り返し、到達目標に立ち返って点検する、修正する意識が必要だった。そして、ゴールに辿り着くまでの情報はシンプルに削ぎ落とす方が学習者の理解につながる。βテストとして経験してくれた相手チームの表情は終始困惑だった。

せっかく思いついた学習目標とシナリオを活かすための改善点として、学習目標をSMARTに即して明確化するまでシナリオ作成の欲を堪える。オリエンテーションで、必要な事前情報、場面設定や求められる役割、学習目標と到達すべきゴールが明示されると、学習者は迷わずにシミュレーションに没入できる。情報共有を目的にする場合に伝言での再現性を評価項目に加える。ムラージュや多発イベントによる忠実性の向上は横において、患者入室をそれぞれのメンバーが把握した数とボード上の数との一致率を評価する。などの修正がされれば、我々の愛しすぎたシナリオも活かせるのではないかと考えた。シナリオ作成は驚くほど難しい、しかし楽しい、と実感することができた。1年前はデブリーフィングの重要性に気づいた、で終わってしまった。Benn先生・Paul先生・守時先生が5分でA41枚を黒く埋め尽くすほどの観察メモを記載してくださり、先生方のデブリーフィングでは熱意に圧倒された。シミュレーション教育がなぜ面白いのか、理解度を深化させることができた。今後の展望としてブレないシナリオの目標設定とcueing、ファシリテーションの技を追求したいと感じた。

あきた医師総合支援センターの先生方を初め関係者の皆様へ深く御礼申し上げます。

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